それでも、人生は素晴らしい

ジャニーズが大好きなパニック障害の主婦です。嵐→空白7年→Sexy Zone→ジャニーズWEST

ジャニーズに依存しすぎていた私に襲いかかった体調不良の話

松島聡くんが、突発性パニック障害で休養することになった時、「実は1年前くらいから体調を崩し始め、1ヶ月前より不調が酷くなった為受診いたしました。」とのコメントを出していたが、まさしく私もその通りだった。
何度も書いている通り、私が初めて強烈なパニック発作を起こしてしまったのは2010年の10月であったが、2009年の末頃から、病院に行くほどではないけれど体調が悪い・・・という日が増えていた。
例えば、頭痛であったり、吐き気であったり、めまいであったり。
何も変なものを食べた記憶はないのに、2週間くらい毎日お腹を壊し続けたこともあった。
数時間~酷くても1日休めば良くなることが多かったし、お腹を壊し続けた時は市販薬でごまかしていたらいつの間にか治っていたので、あまり気にしていなかった。
だが、今思うと、これらの症状は、ジャニーズに夢中になりすぎた故に抱えることになった多大なストレスのせいであり、パニック障害発症の前兆だったのかもしれないと推測している。
しかし、当時、自分はうつ病などの精神障害とは一生無縁だろうという謎の自信があったので、体調不良という自分の身体が出していたサインに気が付かなかったのかもしれない。
今回は、当時どのような原因で体調不良が続き、パニック障害に繋がっていったのか振り返っていきたいと思う。

当選し難くなった嵐のコンサートのチケット

1回のツアーで10回前後の遠征が当たり前だった私が、嵐のコンサートチケットが著しく取りにくくなっている!と初めて感じたのは、2007年1月に行われた凱旋公演と名付けられた横浜アリーナからだった。
丁度、花より男子2の放送がスタートする頃だ。
今までは、良席にこだわらなければそこまで苦労せず行きたい公演のチケットをゲット出来ていたのに(勿論定価、友人と分担してチケットを取るなどの方法で)、この公演だけは、私も友人たちも壊滅的な当選状況だった。
何とか友達の伝手を頼り、横浜アリーナ全公演のチケットを揃えられたのは、公演開始2日前。
しかし、その次の初東京ドーム公演は楽に全公演当選したので、チケットを取りにくくなったのは気のせいかも?と楽観視していた。
今ならわかるが、会場が大きくなり収容人数が増えたのだから容易に取れたのであって、その頃既に彼らは、ジャニーズの1アイドルから、SMAPに次ぐレベルの国民的人気アイドルへと移行しつつあったのだ。
翌2008年から、嵐はアリーナクラスの公演がなくなり、ドーム、もしくは国立クラスの公演しかしないようになった。
人気を考えると当然のことだが、当時の私にはなかなか受け入れられなかった。
つい2年前の大野くんと翔くんのソロコンはZeppクラスの会場で、めちゃくちゃ近くで見れたのに、ドーム・・・?国立競技場・・・?
しかし、いくらネット裏後列のドーム公演であろうと、天井席を通り越した野鳥席だろうと、嵐のコンサートは距離の近かったアリーナ会場と同等に楽しかった。
初の国立競技場も、スクリーンで見ないと本人たちの姿は米粒の様だったが、お祭りみたいな楽しさもありつつ、聖火台を使ったパフォーマンスのカッコ良さなどは圧巻で、会場が大きくなってセットが豪華になりコンサートのレベルがアップしても、良い意味で変わらない空気感の嵐がそこにいた。
やっぱり生で見る嵐は、会場の広さは変わっても私の大好きな嵐で、一生ファンをやめることはないと思った。
そんな風に思っていたのに、2009年には、チケットがほとんど取れなくなってしまった。
友達の伝手を使ってもなにをしても手に入らない。
しかし、定価以上で買うようなことはしたくなかったので、オークションサイトやダフ屋などには意地でも手を出さないでいたら、つい2年前まで10数公演入っていた私が、ツアー毎に1公演入れればいい方になってしまった。
近年では、数年にわたって一度も当選したことがないという方の話も聞いた事があるし、1公演でも入れれば本当に幸せなことだというのは頭では理解していたが、距離が遠くなった上、当選すらしないというのはかなり堪えた。
これが、2009年~2010年頃の私の一番の悩みであった。

嵐しかなかった私の人生

一方、私が人気が出過ぎてチケットが取れなくなった嵐のことで悩んでいた時、友人たちは、結婚したり、出産したり、マイホームを建てたりし、自分とは全く違うベクトルの悩みを抱えながらも、とても幸せそうに見えた。
独身でも、仕事で着実にキャリアアップし、今は仕事が楽しいと輝いている友人もいた。
地元の友人たちとは定期的に集まっていて、みんないつも私に優しかったが、その時に聞く夫婦の話、子育ての話、仕事の話、どれも私には別世界のことだった。
私の話題の引き出しといえば、嵐を筆頭としたジャニーズのことしかない。
友人たちが悩みながらも自分の人生を謳歌している中、私の人生には嵐しかなかった。
友人が私のために合コンを開催してくれた事もあったが、ジャニーズのことしか頭にない人間が、ジャニヲタということを封じて出会いの場に臨んでも、初対面の異性とまともなコミュニケーションを取れるはずもなかったし、今思うと取ろうともしていなかった。
そんな人間なので、合コン同様、婚活、友達の紹介、全てが上手くいかなかった。
私は一生結婚できないのではないか。
この先、親も歳を取って亡くなったら、兄弟もいない私は1人きり。
今は両親も健在だし、嵐を見ていると満たされるし楽しいけど、それでいいのだろうか。
大野智という存在が私の生きがいであり、全てと言っても過言ではなく、たくさんの幸せは大野くんと嵐からもらっている。
だけど、将来を考えたら、嵐にだけ人生を捧げている場合ではないのではないか?
そんな大きな悩み、そして将来の不安がストレスとなり頭の片隅から離れず、夜中突然目を覚まし、このままでは一生1人かもしれない・・・と泣くこともあった。
そこで、私は、まずこのような生活を脱却する1歩として、1人でも生きていけるように、ある国家資格を取ろうと思ったわけである。
試験は1年に1度しかないので、30歳を過ぎていた私には何度も受け直す時間的な猶予はなく、どうしても受かりたかった。
いや、「絶対に受からなければならない」くらいに思っていたので、そのプレッシャーも手伝って、当日パニック発作を起こしてしまったのだろう。
こうして振り返ってみると、2009年末頃からの体調不良は、人生や将来について真剣に考えた際のストレスが関係していたと思う。
パニック障害になってしまって、嵐ファンを続けられないほど精神的にダメージを負ったが、あの頃の私はファンを通り越して嵐に依存していたので、理由はどうあれ1度断ち切れて良かったとも思っている。

ファンであること≠依存すること

勿論、嵐ファンだったことを後悔も否定もしていないし、むしろあれだけの熱量で応援できたことを誇りに思う。
数年の空白期間はあるが、大野智くんと嵐のことは今でも大好きで特別な存在だ。
推しのいる人生は、楽しくて幸せで、その笑顔ひとつで辛いことも忘れられる。
しかし、私のように、推しを自分の全てと考えるくらいのめり込んでしまうと、人生取り返しのつかないことになるかもしれない。
今は、自分の人生や将来を最優先に考え、その際立ち向かわなければならない様々な困難を乗り越えるため、推しから元気を貰う、というスタンスで応援できている。
これからも、やっと見つけた自分のペースでジャニーズを応援していきたい。