それでも、人生は素晴らしい

ジャニーズが大好きなパニック障害の主婦です。嵐→空白7年→Sexy Zone→ジャニーズWEST

パニック障害と診断されてから日常生活が送れるようになるまでかかった時間

2011年1月15日。
私がパニック障害と診断された日だ。
常に発作と隣り合わせで、母につきっきりで側にいて貰わないと、不安で発狂しそうだったほど酷い状態だったこの日から、どのようにして、そしてどのくらいの時間をかけて日常生活が送れるようになったのかを書いて行きたい。
(私は日記を書くのが好きで、当時の日記も残っていたので、それを参考にしています)

パニック障害と診断されてから約一週間の状態

やはり、1月15日から1週間程度は精神的に不安定だった様子が日記からも見て取れる。
ゆっくり休むべき時だったと今ではわかるが、当時は何も出来なくなったのが怖くて、このままではダメになる、何かしなければ!と気持ちばかり焦っていた気がする。
例えば、外に出るのは不安だったので、家で踏み台昇降運動を始めたのだが、息が上がってきて呼吸の回数が増えると、過呼吸になったのと勘違いし、不安感が襲ってきてすぐに休んでしまい、こんなことも出来ないのか・・・と落ち込んだ。
また、本来はリラックスの場である風呂中に発作を起こすことが多く、大急ぎで入浴を済ませるように。
買い物くらいは行けるようになりたいと思ったが、両親と一緒にならなんとか出かけられたものの、パニック障害持ちにとって一番の鬼門であるレジは親任せなので、実質買い物は1人でこなせないのと同じ。
テレビをつけると、グルメ番組や旅番組が目立ち、あの人たちは食べ物を美味しそうに食べられていいな・・・とか、楽しそうに旅行に行けていいな・・・、パニック障害の自分には無理な話だ・・・と落ち込む。
大好きな嵐の番組を見ても、もう二度とこの人たちのコンサートに行ける日は来ないのではないか・・・、楽しい思い出をありがとう、でもしばらくは姿を見るのも辛いのでレギュラー番組も見ないことにしよう、という結論に至った。

回復し始めた約2週間目~1ヶ月

しかし、処方されたメイラックスが、私にはとても合っていたようだ。
毎日の強烈な眠気には悩まされたが、不安感が日に日に減っていくのがわかった。
浴室での発作は起こさないようになってきたし、ゲームを楽しめる時間も増えてきた。
コンビニ程度なら1人で出かけられるようになったし、五分くらいなら運転もこなせるようになった。
そんな中、私がパニック障害だと診断されたことを知らない友人から遊びに誘われた。
正直、遊びに行けるほど回復している気はしなかったが、ここで1歩踏み出せないとダメだ!と思い込み、パニック障害と診断されてからわずか12日後の1月27日に遊びに行く約束をした。
結果、27日は発作のスイッチが入りかけたことも何度かあったが、友人と駅ビルまで行ってウィンドウショッピングをし、当時2人でハマっていたワンピースのグッズを買ったりして、とても楽しく過ごせた。
それ以来、自信がついたのか、運転出来る時間も増え、体力作りに1人で散歩に出かけたり、レジの混んでいないスーパーでなら買い物出来るようにもなった。
2月の中頃には、もう日常生活は問題ないレベルまで回復していたと思う。
友達と出かけたのは今思うと危険な賭けではあったが、そこで成功した(楽しめた)ことが良い方向に進むきっかけとなったようだ。
その後、運転や買い物をはじめ、小さいことでは夕飯を美味しく食べられたとか、散歩中に綺麗な景色を見て美しいと思えたとか、楽しくゲームが出来たとか、カレーを作ったとか、出来ることが少しづつ増えてそれを地道に積み重ねることで自信をつけていって、約1ヶ月でだいぶ回復出来た。
出来ないことより、出来たことに目を向けるよう意識した。

約2ヶ月たったある日

だが、このまま順調に治る気がした私に襲いかかったのが、忘れもしない2011年3月11日、東日本大震災である。
私は当時、岩手県在住だったため被害が酷く、また、数日間停電したので暖房も付けられない日が続き、寒さに震えながら布団を被って絶え間ない余震に耐えていた。
いつになったら余震が収まるのか、電気が復旧するのか、お風呂に入れるか、食料が満足に手に入るのか、病院に行けるのか・・・。
未曾有の事態で、あと何日耐えればいいのか想像がつかなかった。
ゴールが見えない中頑張るのは非常に疲れる。
幸い家は若干のダメージがあったものの住むには困らない程度だし、地盤の固い土地に住んでいたので周辺も無事で、避難所生活をすることもなくすんだのは本当に運が良かった。
家族全員の命があっただけでも幸せだ。
しかし、満足に物資が手に入らず、灯油もガソリンも買えない、食料品も不十分、ストーブも付けられずとにかく寒いという生活が続き、動悸がして眠れない、そして激しい動悸で目が覚める日々がまた始まってしまった。
振り出しに戻ってしまった・・・、と落ち込んだが、徐々に日常が戻ってくるにつれて、動悸を伴うパニック発作も減っていき、20分程度の運転、空いているスーパーでの買い物、特定の友達との外出はまた出来るようになった。
震災から1ヶ月後くらいの話である。

パニック障害は、治すものではなく上手く付き合っていくもの

このように、震災というイレギュラーな事態に見舞われたせいで、良くなりつつあった状態がまた悪化してしまったが、基本的には、心療内科パニック障害と診断されてから、薬を飲み始めて約1ヶ月程度で、最低限の日常生活を送れる程度には回復した。
これは、あくまでも、私のケースである。
一人一人、症状にも回復のスピードにも違いがあるだろう。
不測の事態も起こり得るかもしれない。
私も、症状がかなり落ち着いている約10年目の現在でも、美容院、レストランやカフェ、映画館、電車などは苦手でたまにパニック発作を起こすこともあるので、パニック障害は、治すものではなく、上手く付き合っていくものだということを痛感している。