それでも、人生は素晴らしい

ジャニーズが大好きなパニック障害の主婦です。嵐→空白7年→Sexy Zone→ジャニーズWEST

パニック発作を起こした日から三か月後にパニック障害と診断されるまでの話

私が医師によりパニック障害と診断されたのは、2011年1月のことである。
しかし、以前記事にしたように、私が初めて強烈なパニック発作を起こしたのは2010年10月なのだ。
なぜパニック障害という病名が付くまでに約3ヶ月かかったのかを説明していきたい。

二度目のパニック発作

試験会場で大きなパニック発作を起こした数日後、私は友達に誘われ、あるラジオの公開録音に行った。
収容人数800名ほどの小ホールで、リスナーを招いて録音を行う形式だった。
今までの自分なら、お腹の調子を悪くするくらいの緊張で済んでいたところだが、あの試験会場での発作が強烈に頭に残ってしまっていて、公開録音の最中に、不安感からまたパニック発作を起こしてしまったのだ。
その時の発作は、動悸と吐き気が酷く、この場から逃げ出したいという気持ちも強かった。
しかし、公開録音なので、会場は気軽に出入り出来る状態ではなく、私はまた耐えて発作をやり過ごす羽目に。
試験中、公開録音中と、短期間に2回も発作を起こしてしまい、公開録音があった日の夜は、不安と恐怖でかなり精神状態がおかしくなっているのがわかった。
そこで私は心療内科に行ってみることにした。
実は母が一時期うつ病にかかってしまい(現在ほぼ寛解)、心療内科に通っており、付き添いで私も何度も行っていたので、心療内科に行くことへの敷居も低かったし、母の診察に同席したこともあり、良い先生だということも知っていたため、母と同じ病院、そして先生を予約することにしたのだ。
先生は、一連の私の発作の話を聞き、半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)という漢方薬を処方してくれた。
不安感を取り除く効果や、喉の辺りの詰まった感じや違和感を無くす効果があるそうだ。
喉の違和感を無くすことにより、呼吸がしやすくなるという作用もあるらしい。
また、「お守り」、という名目でワイパックス(0.5mg)という抗不安薬も5錠処方してもらった。
これを飲むと、精神が安定し、不安を取り除いてくれるとのことだった。
先生曰く、私が起こしたのは、自覚している通りパニック発作であるとは思われるが、まだ2回しか起こっていないのでパニック障害と診断するまでには至らないこと、また、当時の私は、精神安定剤抗不安薬を飲むことに酷く抵抗があり、その旨も伝えていたので、まず漢方薬を飲んで様子を見てみようということ。
そして、ワイパックスをお守りとして持ち歩き、もしまたパニック発作が起こったら、必ず発作は治まると信じてこれを飲んでみましょう、ということだった。
まだパニック障害とは診断出来ないと言われたのと、精神安定剤のような物を毎日飲む必要は無いとのことで、私は安堵した。
先生に相談しただけで心が軽くなり、お守りも貰ったこともあり、不安や恐怖が薄れ、この後、私は2010年の12月末頃までは、緊張して動悸が激しくなることや、なんとなくもやもやした不安感がある日もあったが、パニック発作と呼べるレベルのものはほとんど起こすことなく過ごせていたのである。

2010年11月、嵐のコンサートに参加

11月には、嵐の東京ドームでのコンサートにも行ってきた。
11月21日、「君と僕の見ている風景」ツアー、東京ドーム最終日である。
あまり良席ではなかったので特に緊張もせず(嵐のコンサートはどこの席でも楽しいのは前提!)、パニック発作?なにそれおいしいの?くらいのテンションで全く不安もなく楽しめた。
昔は、嵐のコンサートと言えば7月~8月に開催される夏コンと、12月末~新年1月に開催される冬コンという感じだったので、11月に公演があることはほとんどなく、その日は、約8年の嵐ファン人生で初めて自担である大野くんの誕生日をコンサートでお祝い出来てとても嬉しかったのを覚えている。
確か、大野くんも、MCで「コンサートで誕生日をお祝いされるのは初めて!」と言っていて、とても感激していた。
感激している姿が可愛くて、やっぱり大野くんの笑顔を見ることが自分の幸せだなあと再認識。
本当に楽しい1日だった。
その日、会場の外で撮った写真も残っていた。

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まだスマホがあまり普及しておらず、ガラケーで撮影した1枚だ。
この写真を撮影した時は、この先約10年にわたって東京ドーム、そして嵐のコンサートに行けなくなる日がくるなど思いもしなかった。

2010年12月、突然の悪化

1人で新幹線に乗り東京まで行き、コンサートも楽しめて自信がつき、このままパニック発作のことも忘れてやっていけるような気がしていたのに、12月の末頃からまた体調がおかしくなり始めた。
お盆以来、久々に地元に帰ってきた友人たちとの忘年会や新年会が続いたせいかもしれない。
友人たちとの久々の再会。
楽しみでしか無いはずだったが、年に数回しか会えないのに、その時パニック発作が起こって、みんなに迷惑をかけたらどうしよう・・・と急に不安になったのだ。
そんなことくらいで離れてしまう様な関係性ではないはずなのに、もし友人達の前で発作を起こしたら・・・と思うと酷く恐ろしかったし緊張した。
なにか精神的な病気かもしれないと、友人達に気付かれたくなかったのもあるだろう。
とにかく、私は友人に会うというのが楽しみな反面、大きなプレッシャーになってしまい、友人との集まりがある前の晩は、寝ようとすると、寝たか寝ないかくらいの時に動悸がし、軽度の過呼吸を起こすようになってしまった。
これもパニック発作の一種だったと思う。
なんとかみんなと会えた日もあったが、怖くてバスに乗れず、ドタキャンしたこともあった。
終いには、約束のあるなし関係なく、毎晩のように軽いパニック発作を起こすようになって眠るのが怖くなり、日に2時間~3時間くらいの浅い睡眠しか取れなかった。
短時間しか取れない眠りが、精神にも悪い影響を及ぼしはじめたのか、ついにある晩、呼吸の仕方がわからなくなったのである。
息を吸うってどうやるんだっけ?何秒くらい吸ったらいいんだろう?吸ったらいつ吐き出せばいいんだろう?息ってどうやって吐くのか忘れた。ていうか次はいつ吸えばいいの?・・・わからない、どうしよう、苦しい!!と、過呼吸を伴う大きなパニック発作を起こしてしまった。
その時の不安感は、これまでの比ではなかった。
家族に助けを求め、そういえば薬があったと、お守りのワイパックスを飲み、なんとか徹夜して朝を迎え、父の運転する車で心療内科に向かった。
それが2011年1月半ば、私がパニック障害と診断された日のことである。
この日から、メイラックス1mgを毎晩飲むことになり、薬の効果はかなりあったが、しばらくは近所のスーパーにさえ1人では行けなくなってしまった。
東京ドームに行ってからたった二ヶ月で、5万人がいる場所へ行けた私が、近所のスーパーのレジにすら並べなくなり、人生の全てと言ってもよかった嵐のことなど考える余裕もなくなってしまったのである。

今思うこと

私の例のように、パニック発作を起こしただけでは、パニック障害とは診断されないケースが多いのではないだろうか。
なぜなら、パニック発作は誰にでも起こり得るものであり、発作を経験しても大半の人はそれきり繰り返すこともなく、もしまた起こったら・・・という不安で日常生活に支障を来すほどのレベルには至らないからだ。
パニック発作を起こしてから、時間を置かず心療内科を受信した自分の行動は正解だったし、その時の先生の判断や薬の出し方は間違っていなかったと思う。
しかし、もし初めて発作を起こしてからパニック障害と診断される間の時期にカウンセリングを受けていたら・・・と思うことがある。
心療内科での医師による診察とは別の、カウンセラーの方が話を聞き、サポートしてくれる治療である。
私は東北の片田舎に住んでいたので、カウンセラーがいるような心療内科が近くになかったし、カウンセリングというのもよくわかっていなかった。
だが、もしカウンセリングを受けられる環境にあり、以前の記事でも記したような自分の性格や思考の癖に気が付けて正せていたら、二度のパニック発作を起こしただけですみ、パニック障害の発症を防げたのかもしれない。
人生にタラレバは無いし、長年のパニック障害の経験を経てこそ気がつくことの出来たことも多いので、この時カウンセリングを受けていても、カウンセラーとの相性だってあるだろうし、どうなっていたかは分からないが、カウンセリングという選択肢があることを知っておきたかったとは思う。
また、これに関してはまた後日詳しく書きたいと思っているが、不安感で過呼吸を起こしたり、パニック発作のようなものを起こして、またなったらどうしよう・・・という不安によりそれが続くような場合、早目に心療内科や精神科の受診をお勧めしたい。
ただし、初回からろくに話も聞かず、薬だけを大量に出すような医師に当たったら、担当医を変更してもらうか、転院すべきであることは、是非覚えておいて欲しい。