それでも、人生は素晴らしい

ジャニーズが大好きなパニック障害の主婦です。嵐→空白7年→Sexy Zone→ジャニーズWEST

私を構成している3つの要素について

私という人間を語る上で、欠かすことの出来ない3つの要素が「ジャニーズ」と「パニック障害」と「夫」である。
今回はこの3つを簡単に語っていきたいと思う。

その1:ジャニーズ

私の人生には、当たり前のようにジャニーズがあった。
始まりは光GENJIである。
光GENJI絶頂期の瞬間的で爆発的な人気は、全盛期のSMAPや嵐の勢いをも凌駕していたといっても過言ではなく、社会現象ですらあった。
当時、小学校中学年くらいだった私も、例に漏れず光GENJIにハマり、キラキラの笑顔でハチマキをなびかせてローラースケートで踊るかーくんのファンだった。
その頃は、少年隊、そして男闘呼組もヒットチャートの常連で歌番組を賑わせており、「少年隊では誰が好き?私は克っちゃん!」とか、「男闘呼組のTIME ZONEカッコイイよね!?」などと友達と盛り上がったものだ。
余談だが、今の私が当時に戻れたなら、絶対に光GENJIでは内海光司さんを、少年隊なら錦織一清さんを推す。
しかし、その後光GENJIの人気に陰りが出はじめ、ジャニーズ全体の元気がなくなった時代があった。
SMAPもデビューしたが、なかなか芽が出ず燻っていた頃だ。
そのため、私はわかりやすく売れていたB’zのファンになり、それからはロックバンドをメインに推していくことになる。
B’zTHE YELLOW MONKEYMALICE MIZER→etc・・・と推しが変わり、その間にTOKIO、V6、KinKi Kids、嵐たちがデビューして行った。
本命はバンドだったが、学生時代は時間に余裕があったので、上記デビュー組の番組はだいたいチェックしていたし、8時だJなども見ていた。
つまり、ファンクラブに入り遠征をするのは本命バンドだったが、テレビを見て満足する、いわゆる「お茶の間」のジャニーズファンもしていた状態である。
そんな中、2002年、最愛のバンドが解散してしまった。(バンド名を書くと身バレしそうなので割愛させていただく)
当然ながら新譜のリリースもなければ、ライブの予定も無い日々。
彼らの活動を生きる糧としていた私は、生活に張合いがなくなった。
そんな私に、同じバンドを追いかけていた親友が「騙されたと思って聞いてみて・・・?」と恐る恐る渡してくれたのが嵐のアルバム「嵐 Single Collection 1999-2001」。
なぜロックバンドが好きな親友がジャニーズを・・・?と疑問に思ったが、ジャニーズは嫌いではない。
むしろ、大好きである。
とにかく、久々にじっくりとジャニーズのアルバムを聞いてみることにした。
そしてこの1枚が、私の運命を変える。
シングルコレクションと言うだけあって名曲揃いだったが、その中でも私が一番衝撃を受けた曲が「恋はブレッキー」。
マイナー調のメロディーに、どうにもならない片想いの切なさを乗せた歌詞、そしてラップ。
全てが好きすぎた。
後日、親友に「恋はブレッキー」が最高に良かった!と言ってCDを返したが、彼女も同じだったらしい。
CDショップで恋はブレッキーが流れていて、それを耳にしてこのアルバムを買い、絶対に私も好きだろうと思い勧めてくれたのだった。
こうして私は、ビジュアルではなく、音楽が気に入ってそれをきっかけに嵐の沼に足を踏み入れた。
そんなある日、隣県で嵐のコンサートが開催されることを知る。
今では信じられないかもしれないが、その当時は、地方の会場であれば、ファンクラブに入っていなくてもプレイガイドで嵐のコンサートのチケットが手に入る時代で、電話でチケットを取り、2人でHERE WE GO!のコンサートに行った。
楽曲ファンで、嵐の顔面にはお互いそこまで興味がなかったが、生の5人の輝きとカッコ良さは凄まじく、2人で櫻井翔に落ちた。
ソロ曲、ホットケーキミックスの破壊力と言ったら!!
帰りの新幹線の中で、ツアーパンフレットを広げ、翔くんのビジュアルが良すぎて悲鳴を上げないように必死にこらえたのを覚えている。
また、なぜかあの頃は失礼なことに、翔くんのことを櫻井呼びしていて、帰りの車では、「櫻井の焼いたホットケーキ食べたい!!」「櫻井の野生が知りたい!!」などと親友と大騒ぎしながら家に帰った。
ファンクラブに入る決意もして、直ぐに手続きした。
東北在住だった私は、翌年からは関東まで遠征し、数年後には1回のツアーで10公演以上参加するほどの嵐ファンになっていた。
舞台も合わせたら、年30公演以上行っていた気がする。
ちなみに、担当は櫻井翔くんから松本潤くんを経て、最終的に大野智くんに落ち着いたが、5人全員が大好きな、今で言う箱推しファンだった。
箱推しどころか、嵐以外に、TOKIO、V6、タッキーand翼の合計4つのファンクラブに入っていたこともある事務所推しになっていた。
私の20代中盤~30代前半までは、人生の中心というか、人生の全てが嵐、そしてジャニーズであり、「私の幸せ=大野くんの笑顔を見ること」であったため、無事、婚期を逃したジャニヲタが爆誕した。

その2:パニック障害

あれは2010年のことである。
相変わらず嵐ファンであり、「大野智=自分の人生の全て」ではあったが、32歳を目前とした私は流石に焦っていた。
29歳から婚活を始めたものの、婚活サイトで顔合わせまでこぎ着けても、友達から合コンに誘われて行っても、「こんなつまらない時間を過ごすくらいなら家で嵐のDVD見たいんですけど・・・」「早く帰りたい・・・」と思ってしまい、そんな気持ちで来ているのが男性側にも何となく伝わるのであろう。
結婚のチャンスを掴めるはずもなかった。
私に「嵐 Single Collection 1999-2001」を勧めてくれた親友は、嵐から足を洗い、結婚し、母になっていた。
一方私は、無職であった。
恥ずかしながら、実家で暮らし、バイトでジャニーズのための費用を稼いで全てつぎ込み、生活費などは親のスネをかじりまくっていた。
このままでいいわけがない。
結婚はしたいと漠然と思っていたが出来る見込みがないので、せめて、食いっぱぐれることのない職に就きたいと思い、私は一念発起し、ある国家資格の取得を目指すことにした。
もちろん、資格があればどうにかなるなんて甘いことは考えてはいなかったが、無いよりは。無いよりは確実に資格があったほうがマシである。
そこで私は2010年の夏は勉強に打ち込んだ。
そして2010年秋。試験の日を迎えるが、試験会場で私は緊張しすぎて強烈なパニック発作を起こしてしまう。
それをきっかけに、試験の日以降、何度か発作を起こすようになり、心療内科通いを開始。
ついには、家にいても得体の知れない不安感が拭えずパニック発作をおこす始末で、近所のコンビニにさえ行けなくなり、2011年1月にパニック障害と診断されてしまう。
定職に就きたくて資格を取る勉強をして試験を受けたのに、そのせいでパニック障害を発症して、普通の生活すらままならなくなるなんて、本末転倒も甚だしいとあの頃は相当落ち込んだものである。
また、近所のコンビニにさえ行けない人間が、どうやって新幹線に乗って更に電車を乗り継ぎ、人の多いコンサートに行けようか。
大好きな場所が恐怖の対象となってしまったことに絶望し、私のジャニヲタ人生は一度終了してしまう。
今現在も、毎日抗不安薬を飲み続けてはいるが、量も減り、症状はかなり安定している。
しかし、自分にとって緊張する場所や場面に直面すると、基本的にすぐ発作起こしがち。

その3:夫

夫は、長年の友人で、東京在住のゲーム仲間だった。
あるネットゲームで出会い、何度か仲間内でオフ会をして仲良くなり、私はよく嵐コンの遠征で東京、神奈川まで出てきていたので、その時都合が合えばゲーム仲間のみんなで集まって遊んだりした。
私は地元である東北を出る気はなかったので、東京在住の夫は恋愛対象にはならなかったし、本当に友達でしかなく、そういう目で見たことも1度もなかった。
しかし、2011年3月。東日本大震災が起きる。
パニック障害を発症し、まだ症状が落ち着いていない中での震災は、非常に堪えた。
しかも私は東北在住。被害は凄まじかった。
家族全員の命が無事だっただけでも十分にありがたいという状況。
そんな中、心配してこちらでは手に入らないものを送ってくれたり、回線が復旧したらゲームに付き合って励ましてくれた夫に深く感謝するようになった。
そこから恋愛に発展、パニック障害なのに遠距離恋愛、新幹線に乗れない、緊張してデート中パニック発作連発など、紆余曲折を経て2015年に結婚。
パニック障害だけあって、物事を悪い方、悪い方へ考えがちな私を、夫は正常な方へ引っ張ってくれる貴重な存在だ。
よく例えられる話だが、コップに半分入っている水を見てどう考えるか。
もう半分しかない・・・と捉えるか、まだ半分もある!と捉えるかという話。
私は、コップに3杯満タンに無いと不安で、「どうしよう、1杯もない、しかも半分しかないなんてもう終わりだ、人生終わった!!」という極端なタイプなのだが、夫は「まだ半分もある!いえーい!」的なタイプだと思うので、とても助かっている。
一応、夫に確認してみたところ、「その水はどのくらい前に入れた水なの?」と聞かれ、私は「は?」となった。
「30分以上前に注いだ水なら汚そうだから、その水を捨ててコップいっぱい水道から注いでくる!」という想像の斜め上を行く答えが返って来たのである。
たしかに、水を汲んで来てはいけないなどの前提はないので、無いなら水を注ぎに行けばいいという発想だ。
しかし、このような考え方は私の中からは絶対に出てこないので、やはり夫のような発想が出来る人間が近くにいるのはとても有難い。

以上、私を構成している3つの要素を簡単に説明することで、自己紹介とさせていただく。
ジャニーズに関しては、1度離れたあと、突如Sexy Zoneに落ちて復帰、今現在はジャニーズWESTが大好きなジャス民だったりしますが、詳しくはまた次の機会に!